第32話
「パパのイタズラ」
「遊び心を忘れたら、人間おしまいだ」
これは、アランのパパの口癖。
皮肉とユーモアを巧みに使いこなしてこそ、一人前として認められるイギリス人の美学。
もちろんアランのパパも例外ではない。
彼特有のジョークの利いた美学は、人知れず今も続いている・・・。
バーンズリーの町では、地元っ子に親しまれ愛されている新聞がある。
その名も「BARNSLEY CHRONICLE」(バーンズレイ・クロニクル)。
地域密着型の完全ローカル新聞。ヨークシャー・ポストを抑え、
その界隈では堂々のシェアNo1。もちろん、タイムスなんて目じゃない。
朝起きて、まずは目覚めの紅茶を入れる。それから玄関ドアの新聞受けを覗き込み、
いつものクロニクルに目を通す毎日。バーンズリーの一日は、どの家庭もこうして始まるのだ。
今からおよそ10年前、ある日の朝。いつものように新聞屋の男がアラン家の玄関前に立った。
(ジリリリー ジリリリー)けたたましいブザーの音。
「誰だ?」早朝6時頃、いぶかしげに外に目をやるアランパパ。
「おはようございます!新聞屋ですが」ドア越しに喋る男。
(ガチャ ガチャ)覗き窓から男を確認し、鍵を開けたパパ。
「実は今迄こちらを配達担当していたんですが、明日から交代になりまして・・・」
男は朝からビール臭い息で喋り出す。
「そうか、で?」台所のベーコンが焦げないよう、男の話しを急かすパパ。
「はい、明日からコイツがこちらの配達担当になりますんで・・・」
そう言って男は、痩せっぽちの少年を紹介した。
「こ、こ、これから、よ、よろしくお願いします」どこか気弱な少年。
「それはどうも、こちらこそよろしく」パパは笑顔で、少年に声をかけた。
オドオドとした少年の横顔、それを見たパパはニヤリとシタリ顔。
(久々に楽しそうな予感。パパのいたずらの虫が、こんなチャンスを逃すなと静かに鳴き出した)
「明日から頼むよ」そう言って手を差し伸べた。
翌朝、いつものように新聞受けを覗き込むパパ。しかし、そこは空だった。
習慣を乱され落ち着きのないパパ。いつもなら届いているはずの新聞が、まだ配達されていないのだ。
ドアを開け外に飛び出し、あたりをキョロキョロ。
すると昨日の新聞少年が隣の玄関前で、何やら考え込んでいる。
「お〜い、こっちだ。ウチにも早く頼むよ!」
少年はホッとした顔でパパを目指し、息を切らして駆け寄ってきた。
握りしめられてシワシワになったクロニクル、そいつを手渡すと少年は無言で去っていった。
(愛想のない奴め・・・)そう思いながらも、パパはいつもより遅い朝の習慣を楽しんでいた。
さらに翌朝、クロニクルの届くいつもの時間。玄関ドアの新聞受けを眺める。
(またか・・・)昨日同様、届かない新聞を半ば呆れて待つパパ。
ドアの覗き窓から外を見ると、なんと新聞少年が立っているではないか。
(何をしてんだ?早く新聞を差し込め若造!
そうだ、手に持ったクロニクルを早くしろ!ここだ、わしの家はここだぞ!)
ぶつくさとぼやくパパ。
(Come On! you Reds! カモ〜ン!)
覗き穴から、少年に念力を送り続ける。ドア一枚隔て、そんなことには気付かず戸惑い続ける少年。
(そ、その手を、ホラッあと10センチ伸ばせ!かもおおおおおおお〜ン!)
今や覗き窓にへばりつき、額に青筋を立てて心でシャウトするパパ。
ドアを開けて素直に新聞を受け取ればよいものを、既にパパの中では意地と意地、
いやプライドのぶつかり合いにまで高まっているのだった。
そして遂に、パパの念力が届いたかどうかは知らないが、少年は決心したらしい。
新聞受けにガサゴソッと音を立てクロニクルが差し込まれる。
そ〜っと、見るからに不安げな新聞がドア越しに顔を出した。
次の瞬間、パパは今迄溜まっていたものを吐き出すように、新聞の端を掴んで一気に引き抜いた。
(ガコン!)新聞受けが音を立てて閉る。
(ビクン!)驚き後ずさりする少年。
(小僧め、思い知ったか!)満足げに笑みを浮かべるパパ。
覗き窓から見た少年は、遥か彼方に走り去った後。
いつもより遅い朝食をとりながらパパは1人決心した。
(明日もやっちゃおうっと)
それから10年、少年は青年になり、パパも少しだけ年齢をとった。
それでもまだ、アランパパのいたずらは続いている。
雨の日も、風の日も、そして雪の降る日も。少年がそっと差し込むクロニクル、
そいつを絶妙のタイミングで一気に引っこ抜くのだ。
そして、少年も10年間毎朝変わらずに驚き続ける。
言葉を交わす事も無く、他人から見れば何の意味も無いパパと少年だけの秘密。
でも、これこそがパパの言うとっておきの「遊び心」という奴なのだ。
今日も少年はそっと新聞を入れる。
パパはすかさず引き抜く。
こうしてまたバーンズリーの朝が始まる。

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