第31話
「カモン!新潟 PART3(サムライナイト)」
「こいつのチケット偽物です!」
ニックはアランを指差して、さっさとボディチェックをすり抜ける。
「いや、そいつのチケットこそ偽物です!」
アランも負けじとニックを指差し口撃する。
そしてゲートに入った2人は、俺を指差してこう言い放った。
「その日本人は、さっきダフ屋からチケット買ってました!逮捕して下さい!」
既にごきげんな2人。身の危険を察してか、ボディチェックの男性もただニガ笑い。
おかげで、俺だけずいぶんと丁寧なチェックを受けるハメになった。きっと3人分のチェックに違いない。
スタメンのアナウンスが流れると、会場は狂喜の唸りを上げる。ビッグ・スワンが吠えまくっていた。
残念ながらアランとヒロミ夫妻とはここで一旦お別れ。
彼らとは席が違う為、俺とニックは2人してシートを目指し猛ダッシュ。
「ヘイ!Steward!俺の席どこ〜!」
焦りと興奮で、たまらず叫ぶニック。
やっと見つけた自分達の席の真ん前、ガナーズのキャップをかぶったご老人が2人。
ゴッド・セーブ・ザ・クィーンが流れる中、ご老人は大声で熱唱。
一方、俺の隣にいるニックはというと
「俺、この歌大嫌い!」
と言い放ち、これっぽっちも歌わない。
会場のスクリーンに、なぜかアーセン・ベンゲルがアップで映し出された。
前に座っていたご老人は、思わず拍手。しかしニックはというと
「俺、こいつ大嫌い!」
と、またしても言い放ち、老人2人にもブーイング。
もちろん会場からも、アーセナル・ファン以外はもれなくブーイングの嵐。
小雨の降る中、いよいよ世紀の大一番。キックオフのホイッスルが高らかに鳴り響く。
圧倒的なイングランド・サポーターの後押しを受け、選手達がピッチを走った。
そして、それは実にあっけなく・・・開始5分、デンマークの守護神セーレンセンのミス。
いったい何が起こったのか?現場は興奮状態で冷静な奴は1人もいない。
するとダンゴになったゴール前から、ピッチの端まで、まさに我々のちょうど前迄走ってきて、
『オレだ!俺だ!俺様だ〜!』とばかりに必死にアピールする1人の男がいた。
御存知リオ・ファーディナンド。先制パンチは彼の仕業であったのだ。
その姿を見て、初めて現場も誰の得点なのかを把握できた。
両肩を揺すり、長身のガタイで左右に大きくステップを踏む。
肩で風を切る、どこか昭和テイストなダンス。
『♪俺さま〜リオ、どこのどいつか知らねえが、俺が残らずブッとばすっ!』
思わず、そんな歌がでてきそうな印象的なシーンであった。
それからのゲーム展開はと言えば・・・御存知の通り、イングランドの圧勝。
既に前半で試合は決まってしまった。
『♪We are not going home!! We are not going home!!』
楽勝ムードの大合唱、会場のあちこちでコンガまで始まった。
予選アウェイの対ドイツ戦、歴史的5ー1の勝利。
ミュンヘンで見た以来のコンガが、ここ新潟でも始まったのだ。
緊張の糸がプッつりと切れてしまい、ふと隣に目をやると当然ニックの姿はなかった。
終了のホイッスル。お祭りムードで盛り上がる中、ニックが席に戻って来た。
何やら見なれない赤いキャップをかぶっている。
そこにはワールドカップのロゴにコカコーラと刺繍がされていた。
「ニックどこ行ってたんだよ! 何だその帽子? また、どっかでパクってきたな?」
俺がそう言うと。
「はい売店で・・・記念にパクってまいりましたっ!」
とやけに丁寧な日本語で返してきやがった。
(や、やばい・・・こいつ、いつもの乱暴な口の聞き方じゃない・・・)
俺の心に微かなサイレンが鳴り響いた。今まさに、日本の片隅でWW3幕開けの予感。
すぐ防空壕に避難せねば・・・。そう思ったのもつかの間、ニックは俺の手をグッと引き寄せこう言った。
「さあ、飲みに行くぞ!」
何とも恐ろしい言葉。ニックによる宣戦布告。
(コノママデハ、ニホンガセンリョウサレテシマイマス・・・)と心でモールス信号を打つ俺。
帰り道を誘導する警備員から拡声器を奪い、バーンズリーの歌を連呼するニック。
さっきまでかぶっていた赤いキャップは、いつの間にか『Steward』と書かれた紺色のキャップに変わっていた。
次々に繰り出されるニック・イリュージョンの雨あられ。
アラン・ヒロミ夫妻とも無事合流し、全員で一路新潟駅に向かった。
万代口は、これまた酒を求めて彷徨うイングランド人と日本人。
またそれを無言で監視する機動隊で溢れかえっていた。
「あった!酒だ! いくぞ!」ニックが吠える。
通りの奥にコンビニらしき看板が見えた。群集、野次馬、機動隊。
それらをかき分け、ニックとアランが走り出す。息を切らして彼らに着いて行く俺。
やっとのことでコンビニに辿り着くと、その看板には『酒・ビール』と確かに書いてある。
(あんなに離れた場所からも、一発で酒を見つける嗅覚。イギリス人には体内酒探知機がどうやらあるらしい)
ロング缶でまずは乾杯!するとどこからともなくイギリス人の集団が・・・ニックとアランが彼らに声をかける。
「おい!ここでビール売ってるぞ! 店で飲むと高いから、ここなら安上がりだ!」
これぞまさに現地情報、勝手がわかったイギリス人達が次から次へと現れて、
瞬く間に店のビールが品切れ状態に。予想外の展開に、コンビニの店員もただただ慌てふためく。
そのうち店の外では自然と歌が始まり、いつもは静かであろうその一角が、
まるで六本木のような様変わり。地元の若者集団もそこに加わり、もう何が何やら・・・。
当然ニックとアランの姿はどこにもない。
(こんな奴らと戦争して勝てるわけない・・・日本人の俺に今できることと言えば、
ただじっと休んで体力を温存すること。奴らも人間だ、きっと疲れるに違いない。待つんだ、ひたすら待つんだ。)
雑踏を避け、コンビニ前のアスファルトに座り込み、俺は1人心で誓った。
負けるな俺。
「3-0(Three Nil)! to the England!・・・・・・・・」
その歌声にふと目をやった俺。するとそこには、気持ち良さそうにリード・ヴォーカルを務める2人組の姿。
もちろんニック&アラン。ダミ声のブルース・ブラザーズばりに、ノリノリで新潟ストリート・ライブ。
ゴミ箱のお立ち台に上り、群集を率いている。(どこに行ったかと思えば・・・やれやれ)
そう思ったのもつかの間、沈黙はすぐに訪れた。騒ぎを聞きつけた機動隊の登場である。
「みなさん!今すぐこの場を離れて下さい。ここは歩道です!みなさん、速やかに・・・・」
拡声器から響く無機質な声。
『さらば青春の光り』か、はたまた『ホワイト・ライオット』か。
周りの空気とは反比例して、ニック&アランのボルテージはウナギ昇り。
するとそこへ、私服警官の親玉クラスが登場。
「日本語わかりますか? Do you speak Japanese?」
大門軍団がちょっと柔らかくなった風貌。(またかよ、回転寿司の時と同じじゃねぇか・・・)軽く焦る俺。
当然ニックもアランも、日本語を話す気なんてサラサラ無い。
「さっきから、あなた方2人の行動を監視してましたが・・・この騒ぎを煽っているのは、どうやらあなた方ですね?
写真何枚か撮らせて頂きました。本部であなた方の情報を照合していますからね・・・」
スポッターの脅し文句にしては、随分と丁寧な発言。
(あの〜おまわりさん。この2人はね、今回のワールド・カップで極秘来日したフーリガンなんかじゃないんですよ。
もうず〜っと昔から、東京に住んでてね。バーンズリーってとこから・・・・)
何度も言ってやりたくなった俺だったが、さすがにそこは我慢した。
やがて本部からの無線が入り、今回イギリス政府の作成したフーリガン・リストに、
彼らニック&アランの情報が一切存在しないことが証明された。
ヨークシャ訛りで、まくしたてる2人、そんな英語聞いたこともないよ!ってな困り顔の私服警官。
群集もやがて解散、気付けば俺の自慢のバーンズリーFCスカーフも、どこかに消えて無くなっていた。
「さあ、帰るよ。東京に」
俺の発言に、さすがに疲れたのかニックもアランもただ黙って頷いた。
(やった!体力温存!日本人の勝利!かっ、帰れる〜〜〜〜〜〜っ!)
高速に乗った瞬間、彼らのイビキが爆音で車中に鳴り響く。
俺はハンドルを握りながら、今日一日を振り返っていた。
1人感傷的な気分に陥りそうな真夜中の一本道。すると助手席のアランが突然口走った。
「く、車を止めてくれ〜っ!どこでもいいから〜、早く!」
慌てて高速の路肩に車を寄せた俺。止まるなりドアを開け、悪魔のような雄叫びを上げて吐きまくるアラン。
ニックもヒロミも後部シートに埋もれ、ぴくりともしない。
ひとしきり思いのたけをブチまけた男は、その風貌とは裏ハラに、う〜んとかわいい顔して俺に言った。
「みんなには内緒にしててね。恥ずかしいからさ〜。」
これってヨークシャー・ジョークなのか? まだまだイギリス人は謎だらけだ。
2002年6月15日。新潟。ビッグスワン。
行くつもりじゃ無かった。そして、行って良かった。
Nick&Alan???
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