第30話
「カモン!新潟 PART2(アンソニー?)」
「それにしても、凄い数のイングランド人だな〜」
俺がそう言うと、ニックは無言で歩くスピードを早めた。
青い目をしたニックが、まさしく青い炎のごとく静かに燃えている。
一見穏やかに、しかし内に秘めたる闘志をみなぎらせた彼の横顔。
アランもヒロミも、そして俺も・・・彼に付いていくのが必死だった。
「チケットあるよ〜」
いかにもな格好で客引きをするダフ屋のかけ声。まるで巨人戦の東京ドームさながら。
そんなやつらを尻目に、ニックはイングランド人のみをターゲットにして声を掛けまくる。
独自の嗅覚と言うか、野生の本能とでも言うか。
瞬く間に人込みの中に消えて行ったニック。あっという間にその姿を見失ってしまった。
残された3人、つまり俺達はというと・・・駅前で缶ビールで乾杯!
がんばれニック!なんて呑気に談笑。
『♪Oh〜〜 Argenti〜na! Uu! Ha!
What i kno〜〜w
Why you going home! Uu! Ha!』
と何の前触れも無くおもむろに歌いだすアラン。いったいどこで?
どのタイミングで彼のスィッチが入ってしまったのか?俺には全く検討もつかない。
DJ OTZIの「Hey Baby」
あの曲に得意のアドリブで替え歌を作ってしまったらしい。
それにしてもデカイ声、周りのイングランド人さえも多少引き気味。
通りがかったイングランド人の親子。子供は興味津々でアランに釘づけ。
「見ちゃいけません!」とばかりに子供の手を引く父親。
それでも子供は何度も振り返っていた。ひとしきり熱唱して、缶ビールを一気に飲み干すアラン。
虚しいどこか遠い目をしてボソッと呟いた。
「あ〜あ、マンゴープリン食べたかったなあ〜・・・」
ハチミツを食べ損ねた熊みたいに、恐いんだけどカワイイ感じ。
(本番を前にして気合い入れてるって思ってたら・・・ただそれだけかい!)心で突っ込む俺。
「また家に帰れば、冷蔵庫に買い置きあるから〜」
そう言って彼を嗜めるヒロミも凄い。しかも常時マンゴープリンをストックしてるなんて・・・
そして再び歌い出すアラン、気付けば軽く人集りが・・・。
輪の中心で気持ち良くシャウトする彼に、遂に1人、また1人と賛同者が現れた。
アランの作った歌に合わせ、「Uu! Ha!」とかけ声を入れる男達。
(こんなことしてる場合じゃないっ!)試合開始のホイッスルは刻一刻と迫っている。
するとそこへ天の助けか、行方不明だったニックの登場。
「おい!行くぞ。反対側の出口に2枚持ってる奴がいた。」
そう言って踵を返し走り出したニック。
今度こそ彼を見逃さないよう、我ら3人も必死で南口へと向かった。
「あれっ? 確かここにいたんだけどな〜」
怪訝そうな顔で、辺りを見回すニック。
(どこだ?どこにいるんだ?)焦りながらキョロキョロする一同。
「いた〜っ! アイツだ!」
そう言ってまたニックは駆け出した。
ダフ屋(いやチケットを余分にお持ちの方)は年配のイングランド人であった。
深々とキャップを被り、ボソボソッとした喋り方の渋い声。
くすんだ黄色いトレーナーに色褪せたジーンズ姿。
見た事はないが、庭いじりをしている休日のアンソニー・ホプキンスのようである。
極めて普通過ぎる、ごくごく普通なお方。
まさかこの男性が今夜のプラチナチケットを、咽から手が出るほどの代物を
なんと2枚も余分にお持ちであるなんて、いったい誰が信じようか?
しかし、夢は儚くも瞬く間に消えてしまった。
「おお〜、さっきのあんたかい。悪いが2枚さばけちまったよ〜」
Sir.アンソニーは実にあっけなくニックに言った。
「えっ? だってすぐに戻るからって約束したのに・・・」
喰いすがるニック。
「残念だが・・・、この人に。さっきの値よりも高く買ってくれるって言うからな・・・」
彼の横に立っていたのは、今回の為にマレーシアから来日した男性であった。
ニコニコ顔のマレーシアンは時折り小さなガッツポーズを作り、どこか落ち着きがない。
「で、いったいいくらで?・・・」
ニックはまだまだ諦めていない。(なんて頼もしいヤツなんだ、その調子だニック。俺の心にも微かな光が)
それから2人は背を向けて、コソコソと何やら密談に入った。
しばらくたって、ニヤリといつもの顔で我ら3人のもとに歩み寄る。ニックの話はこうだった。
「あのマレーシアン、実はもう1人相棒がいるらしい。アンソニー(仮名)との交渉で所持金が足らずに、
今銀行に行ってるらしいんだ。つまり・・・チケットは俺達のもんだ。」
試合当日6/15は土曜日、おまけに時刻は午後6時を回っている。
当然銀行は営業していない。コンビニのATMで現金を引き出せる?・・・。
マレーシア銀行のキャッシュカードが使える可能性なんて、恐らくゼロであろう。
おまけにその相棒が戻って来て交渉が成立しなかった場合は、
最初の値よりも安く俺達に譲るって取り引きまでやってのけたのだ。
この勝負、もはや結果は歴然。果報は歌って待て。アランが再び例の歌を、俺も一緒になって歌う。
ニックはボランティアの女性にちょっかいを出していた。
リラックスした状況の中、じっと相棒を信じて待ち続けるマレーシアンの男性。
それからどれくらいたったのだろうか、息を切らして階段を駆け上がって来る1人の男。
ようやく現れた相棒の姿を見て、一気に不安をかき消すマレーシアン。
がっくりと疲れた顔で膝に手を着き、アンソニーに言った。
「Bank was all closed・・・」
そのセリフを最後に、彼らはその場を後にする。
運命とは実に残酷なものだ。勝つか負けるかのトーナメント初戦なのである。
その一部始終を見届けると、ニックはボランティアの女性からパンフレットを貰い、
クルクルと丸めてアンソニーに手渡した。
大袈裟かもしれないが、まるで映画のワンシーンのようだった。
一瞬背を向けたアンソニーは、再びパンフレットをニックに手渡す。
「OKボーイズ! バスが出るぞ、さあ乗り込め!」
そう言ってアンソニーは人込みに消えて行った。
FIFAのワールドカップ観戦ガイド。そこに挟まれていたモノは、紛れも無く本物のそれであった。
夢にまで見た紙切れ。頬擦りしたくなる衝動を抑え、一同バス乗り場へとひた走る。
スタジアム直行のバス、ドアが開くなりニックとアランは一番後ろの席を陣取った。
時刻は午後7時30を回っている、テンションを上げてバーンズリーFCの応援歌を歌い出す2人。
その光景はというと・・・バス?後ろの席?・・・ん?
連想ゲームでいうところの修学旅行か?それほどのはしゃぎっぷりであった。
しかし、そこに強力なライバルが2人の前へ現れた。
本場リバプールからバックパックでやって来た青年(Scouse)の登場である。
バ−ンズリ−FC対リバプールFCの応援歌バトルがあれよの間に始まる。
人数では2対1とニック&アランの優勢、しかし応援歌のレパートリーでは言わずと知れたリバプールの圧勝だった。
次から次に繰り出すリバプールメドレー。マージーサイドの熱い鼓動は、廃坑の町には少々眩し過ぎた。
みるみるうちにタジろぐ2人。ヨークシャーのプライドを賭けて、ニックが投じた大胆な作とは・・・
「ウラ〜ワ レッズ!」
(・・・し〜んとする車内。しかし誰も目を合わせようとはしない。そして失笑。)
大きく広げた両手を、固まったまま降ろすことすらできないニック。
日本人の賛同を得ようと、得意顔で叫んだその言葉。起死回生の一言が、応援歌バトルの終了となる。
(赤いモノならなんでもいいのかあ・・・?)
ここ新潟が「アルビレックス」の本拠地であることまでは、計算していなかったようだ。
やがてバスは大きなカーブを曲がる。窓の外にはビッグスワン。
ライトアップされたその姿に、誰もが一瞬息を飲む。
「待ってろエリクソン!もうすぐ行くぞ!いつでも準備はOK!だ」
ニックが口走る。
俺がもし監督だったら・・・、後半残り10分を彼らに任せてみたい気もする。
そう、ニックとアランの2人に。
パート3へつづく
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