第29話

「カモン!新潟 PART1(ボビーと共に)」


 『 最初は行くつもりじゃ無かった・・・』

6/15イングランドVSデンマーク戦。そう思いつつも俺は新潟行きの車に乗っていた。
しかも、あの2人の狂人達と共に・・・。

話はそれから2〜3日前へ戻る。
アランとヒロミ夫妻から、「車で新潟まで日帰りしないか?」と誘われたのが始まりだった。]
もちろんニックもそのメンバーに入っている。その時既にチケットを持っていたのはアランとヒロミの2人だけ。
ニックはまたしても現地調達予定。もちろん俺もチケットは持っていない・・・。
2位通過により新潟での試合が決定する前から、インターネットでそのチケットを狙っていた俺。
しかしながら、あの悪魔のようなサイトにはアクセスする事すら拒まれ続けた。
こんなにフラれ続けて、落ち込まない人間がいるだろうか?
人は弱きになると、全てをネガティブに考えてしまう。

「ったくもう〜、別にいいや」投げやりになった感情。

そいつに歯止めをかけてくれたのが、親友であるオダとスチュの言葉だった。

「行けば何とかなる。ここは日本だし、言葉通じるから」

何とも安易な、そして心強い助言。それで一気に肩の力が抜けた俺は新潟行きを決意した。
アランからの誘いは願ってもないチャンス、それはまさに地獄に垂らされた一本の『蜘蛛の糸』であった。

「こいつにつかまり、一気に天国まで昇りつめてやる!」

既に新潟行きの高速バスや新幹線は、試合に合わせた時刻ほぼ完売となっている。
残された交通手段はもはや車しかない。
そして先にあげたチケット問題ですら、アランとニック、この2人がいればどんな方法を使ってでも手に入ると思われる。
と、見に行くべき条件は揃っていた。しかし・・・。全く不安が無い!といったら嘘になる。
なぜなら、俺はこの2人を良く知っているからだ。ニックとアランと共に生のイングランド戦を見て、
自分は無事に帰って来れるのだろうか?それに考えたくもないが、もしも負けてしまったら・・・。
彼らは怒り狂ったガスコインとカントナを足したような勢いで暴れ狂うであろう。
その時、日本人の俺に何ができよう?あのコッリーナ氏でさえ、彼らを退場させることは不可能に近い。
試合後、いやその前から、2人が摂取するであろうアルコール量を思って軽く恐怖を覚えた。
俺にハッパをかけたオダですら、こんな事を漏らしていた。

「一つだけ言っとくけどさ、あいつらと旅をするってゆうのはさ・・・
 つまりフーリガンと旅するみたいなさ・・・」

行きはともかく、帰りは自分が全てを取り仕切って連れて帰って来なければならないのは確実だ。
そんなわけで、俺は『最初は行くつもりじゃなかった』。
しかし何といってもそこはワールドカップ、大好きなイングランドの為、祭りにはこれくらいの犠牲は必要だ。
『蜘蛛の糸』を昇りつめた先が「天国」になるか、はたまた「地獄」になるか?
それはエリクソンだけが知っている。複雑にからみ合う感情を押し殺し、俺は一路新潟を目指す車に乗り込んだ。

 どんよりとした曇天の高速、車は滑らかに北へと進んでいる。
やがて降りしきる雨の中。俺は眠気を覚ますように、バックの中からあるモノを取り出した。
それは66年大会優勝のキャプテン『ボビー・ムーア』(身長約15センチ)のフィギュアである。
右手には、もちろんジュール・リメ杯を持っているやつだ。
新潟行きの準備をしていた昨晩、俺は考えていた。いや、というより悩んでいた。
今回の旅のパートナーを誰にすべきか。ベッカムでもない、オーウェンでもない、
多数のフィギュア・コレクションの中から選んだ相手は、ボビーであった。
そいつにバーンズリーFCのミニ・スカーフを巻き付け、完璧なまでの応援グッズを完成させたのである。
おかげで明け方までテンションは上がりっぱなし、ほとんど眠っていない。
笑顔のボビーに向かって、そっと祈りを捧げた。

「どうかチケットが手に入りますように。そして、生きて帰れますように」と。
車中にはアランの大好きな、ノーザンソウルが鳴り響いていた。

 途中、運転に困難をきたす程の激しい雨に降られたものの、車は無事に新潟へと着いた。
時刻は午後3時を回ったぐらい。相変わらずの曇り空ではあっても、雨はすっかり止んでいた。
冷んやりした空気、ナイトゲームには絶好の気温だ。これもボビーのおかげか。
眠気がピークに達した俺とは正反対に、ニックとアランは「腹減った〜」と叫び出した。
ヒロミはアランにすこし呆れた視線を向ける。新潟駅周辺は夥しい数のイングランド人。
こんなにもイングランド人に占拠された万代口はかつてなかっただろう。
腹が減っては戦はできぬ!とばかりに、食べ物を求め4人は人気の無い回転寿司に入った。
半端な時間のせいか、回っているネタも少ない。しんとした店内で、アランが大声で叫ぶ。

「タマゴプリィーズ!!」
ぎょっとする店員達。

「はぃっ たまごひとつ〜」
動揺を巧みに隠し、オーダーを受ける店員。しかし、その声は弱々しく、明らかに
『何か言われたらどうしよう〜、オレ英語わかんねえ〜 (泣)』という心が透けて見える。
さらには、ニックとアランの風体に、『こいつら絶対”フーリガン”てヤツだあ〜』
とビクビクしていただろう事も疑いは無い。(こんな日に、バイト休みゃよかたなあ〜)
なんて顔して必死に寿司を握る店員。ニックとアランはこういう状況を存分に楽しむタイプだ。
こんな時は、あえて英語でしか話しをしない。

「マグロプリイイーズ!!」
またもアランが叫ぶ。

「はい まぐろっ!」
怒らせることはできないと敏捷に動く店員。

しかし、店員は落ち着いて考えるべきだったのだ。英語しか話せないはずのイギリス人が、
カタコトとはいえその後「カレイコブジメプリーズ!」なんて言うわけはないし、
メニューを見ながら叫ぶアランに「漢字のメニュー読めんじゃん」と気付く事もできたはずなのだ。
その後も軽いパニックは続く。ニックは俺からボビーを奪い取り、回転皿に乗せて回そうとする。
寿司に混じって笑顔のボビーが流れて行った。他の客もあっけにとられ、回転ボビーを呆然と見つめる。
既にジョッキでビールを飲み出した2人。平和な新潟の寿司屋が、一転してヨークシャーと化した。
締めのデザートはマンゴープリン。アランの18番だ。

「おい!デブ! まだ喰うのか!」
吐き捨てるニック。

「す、すいませ〜ん。う、売り切れです〜う」
やっと帰ってくれると安心したのか、おどおどしつつも安堵の笑顔を見せる店員。

少しだけがっかりしたアラン、ヒロミは「まだ食べるの?」と呆れた視線を旦那に向ける。
回転ボビーと伝票を掴み、ニックは立ち上がった。

「おあいそ!」

その流暢な日本語に拍子抜けした店員。レジへ向かうと、
店長らしき男性が店の奥からおもむろにイングランド国旗を持ち出してきた。

「どうも〜毎度有難うございます〜。今日はイングランド戦なんで、
この旗を外に張ろうと思ってるんですよ〜。で、そちらのイギリス人の方に何か書いてもらえませんかねえ〜」
そう言って、俺にマジックとSt.ジョージの旗を手渡した店長。
ニヤリと気をよくしたニック。その旗のど真ん中に、こう書いた。

『男気』

「いや〜、漢字お上手ですね〜。有難うございました〜、サンキュー・ベリーマッチ!」
よりによって、『おとこぎ』なんて。しかも意味深なチョイスの漢字。しかし店長はまだ気付いていない。
(店長、騙されちゃダメ!この男達はね、もう何年も日本で生活してるんですよ〜)俺は心で呟いた。

外はさっきよりも、たくさんのイングランド人で溢れ返っている。

「よしっ!次はチケットだ!」
俺達は万代口の人込みの中へ突入して行った。

パート2へつづく