第27話

「そして札幌 PART1」


そして札幌・・・・・・・・・・・
世界中が注目するアルゼンチン対イングランド戦。
6/7の決戦を前にして、TA-BARでも連日ミーティングが繰り広げられていた。

「それでは〜、札幌行く人手を上げて〜」(オダがカウンター越しに、店中に声をかける)

前回の埼玉スウェーデン戦。ニックに対して「俺は日本人だから・・・・」と言い放ったオダであったが、
やはり大のサッカー好き。二度と訪れないかもしれないワールド・カップ自国開催、
TVの前だけでは耐えられなくなったらしい。居ても立ってもいられなくなり、遂には「いざ札幌!」を決意した。

みんながためらう中、1人だけ手を上げる男がいた。

「俺〜、行きたいなぁ〜」

彼の名はスチュワアート。あだ名はスチュ。イングランド南部、レディング出身の来日10年選手。
アイルランド代表の長身FW「ナイアル・クイーン」にそっくりで、見た目も中身も素朴な背の高い男である。
ニックやアラン同様に彼も日本語が堪能だ。ただしバーンズリー出身の2人とは違い、とても穏やかな性格をしている。
めったな事では怒らない、同じイギリス人とは思えないほど温和はヤツなのである。
常に秩序と和を重んじるスチュ、そんな彼の職業は”庭師”。ガーデニングの本場からやって来て、
今や”Gardener”から”園芸の職人”となった日本人のようなイギリス人なのだ。

(ちなみに話はそれるが、バーンズリーには有名なガーデニングハウス
”バーンズリー・ハウス・ガーデン”なるものがある。
その創立者ローズマリー夫妻は、かのチャールズ皇太子の指南役を務めるほどの人物。
ガーデニングに親しむ機会ならニックとアランの方が遥かに恵まれた環境にあったはずなのに、
2人にとってはそんな事はどうでもよかったらしい。)

”静かなる男”スチュ、そんな彼が札幌行きを決意した。
普段のスチュを知る店中の仲間達からは、一斉に『おお〜っ』とどよめきがおこる。
まず試合が行われるのは平日の金曜日、急に休みを取るのは困難である。
また、オダが立てた旅の行程は、飛行機を使って行くような生易しいものではない。
車と電車を駆使した、すべて陸路というベルカンプ並みの過酷なものだ。
片道およそ10時間以上はかかるであろう。
そして、そうまでして無事に北海道に辿り着いたとしても・・・・肝心かなめのチケットは、現時点で手元に一枚もない。
だからこそみんな二の足を踏んでいるのだ。しかしスチュはいつもと同じ穏やかな顔で、いやむしろ嬉しそうに立候補した。

「他に誰も行かない〜?」

更に人数を募るオダに、みんなは口隠る。

「そりゃ行きたいけどさ〜、その日も仕事だしさ〜」

「ずっと車でしょ〜、俺腰弱いし〜」

「わざわざ行ってさ、チケット手に入らなかったらどうすんの?」

30過ぎのオヤジの愚痴にも似た、さまざまなボヤキが店内を飛び交う。
そんな中、カウンターの端っこではニックがビール片手にブツブツと独りつぶやいていた。

「行きてぇなぁ〜、でもなぁ〜、行きてぇなぁ〜、でもなぁ〜・・・・・・グビグビ、ブハーッ」

それはまるで恋する乙女。告白すべきかどうかを悩んだ挙げ句、花占いに思いを託す姿にも似ていた。
前回勇ましく埼玉へ乗り込んだ、歴史の生き証人ニック。
この男、引き分けで終わった初戦のわだかまりを、決して酒で紛らわしているだけではなかった。
「アルゼンチン戦を目前にした、イングランド人だけが味わう苦悩」なのである(偉そうな本人のコメント)。
因縁の対決を生で見たいという気持ちと、とても生では見ていられないという複雑な思いが絡み合っているのだ。
前回フランス大会もそうだった。対アルゼンチン戦、結局ニックはみんなの誘いを断って1人自宅で観戦したのだ。
ここ一番の大勝負になると、どこかディフェンシブな男。今大会も、かなり守りに入っている。

「どうすんだよ!ニック!」
(オダが挑発)

「これはファイナルも同然だぞ〜!・・・グビグビ。行きてぇなぁ〜でもなぁ〜・・・ブツブツ、グビグビ」
(みんなに聞こえるようにニックの独り言は続く)

「じゃあ、俺とスチュだけだね。木曜日の昼頃に出発な!」

煮え切らないニックに聞こえるように、大声で話を進めるオダ。

「・・・・グビグビ、・・・・ブハーッ。・・・・ヴァ〜フゥッ!」

やっぱり決断できずに、ゲップで意義無しと答えたニックであった。


かくして北海道への旅は始まった。
6/6木曜日。昼過ぎにオダとスチュは青山で待ち合わせる。免許を持たないスチュ、
青森までのおよそ7時間はすべてオダが車を運転することになった。
青森から札幌までは一番料金の安い電車だ。23時08分発の”特急はまなす”、
そいつを目指し2人は東京を後にした。単調な一本道、どこまでも続く似たような景色。
少し疲れの見えたオダに向かって、スチュが助手席からおもむろに話しかけた。

「オダさん、俺ね嘘ついちゃった」

「何?嘘?何が?」

「実は週末に大事な仕事が一件あったんだけど、会社には病気で休みますって連絡したんだよ」

「イングランド戦の日に、イギリス人が病欠するなんてベタベタだな」

「そうなんだよね、でもさ〜きっとバレてると思う」

「ひょっとしてクビかあ〜、ハッハッハーッ」
(冷やかし気味に、オダが笑った)

「そうだよね、クビかもね。でもねぇ〜、札幌行かなかったら一生悔やんでるかも・・・」
(いつものように穏やかに、いやむしろいつも以上に穏やかなスチュの一言)

「・・・・・・・」
(少しだけ言葉をなくすオダ。もしここにニックがいたら、きっとこんな気持ちにはなれなかったろう。あの
 男連れて来なくて良かったなぁ〜とシミジミ噛み締めるオダであった)

西日が射す夕暮れの東北道、走り抜ける2人を乗せた車。
オダは軽くアクセルを踏み込む、それを合図のように突然スチュが歌い出した。

Go North! If Love England! 
Go North! If Love England!
Go North! If Love England!
Go sapporo! If Love Eng−er−land!
(Go West!のメロディで)
 
パート2へ続く・・・・・