第18話

「そしてバスは走る」


スキンヘッドにビール腹。バーンズリーFCのサポーター達。
ホームのオークウェルはもちろんのこと、アウェイのスタンドにも殴り込みを駆けるつわものども。

今から数年前、そんな彼等の中で、一際存在感のある一人の男がいた。

群れのリーダーとして、自他共に認める逞しい男。
それこそ、あのニックのお兄さん。通称”兄貴”である。
兄貴のケンカの強さに恐れおののくのは、S・ウェンズデーのサポーターだけではない。
幼い頃から一つ屋根の下で暮らして来たニックも、その凄さは当然知っている。
ニックが中学の頃、兄貴と二人して一つのシングルベッドに眠る毎日だった。
兄貴の機嫌が少しでも悪いと、ニックはいつも床で寝る。
兄貴が寝返りを打つ度に、ケリが入るからだ。
彼がパブに出掛けると、すかさず壁側のベストポジションを陣取り、
ひとときの安らぎを得ていたニック。映画「ケス」の主人公そのものであった。

そんな暴れん坊の兄貴が、ある日みんなの為にと中古のマイクロバスを買った。
一人でも多くのサポーターを敵地に連れて行こうと、なけなしの金をはたいたのである。
荒くれ者を詰め込んだバス。そのハンドルを握り、声高らかに歌う兄貴。
ニックはその助手として、ナビゲートしていた。
敵地のスタジアム近くに着くと、まずはパブを探すのがニックの仕事。
あのニックをパシリとして使うほど、兄貴の存在は大きい。
2000年、イプスウィッチとの昇格を賭けたプレイオフ。場所は聖地ウェンブレー。
仕事で帰国することのできないニックは、兄貴の元に電話をした。

「いよいよだね。」

「あー・・・。」

意外にも落ち着いた口調の兄貴ではあったが、実は相当ナーバスになっていたらしい。

「日本で応援してるからさあ、俺の分まで・・・。」

「わかってるって。まかせろニック!」

短い会話の隙間に、埋もれた気持ちがいっぱい詰まった電話であった。
決戦前日、兄貴のマイクロバスは、一路ロンドンを目指す。
聖地で戦える喜びで、バスの熱気は110%。
誰もが、負けるなんてこれっぽっちも思ってもいなかった。
何度もポストに当たったシュートが、あと数センチ内側だったら・・・。
結果は3−2で、バーンズリーFCの敗北。
アランのパパも、そして兄貴も、まるでこの世から時間が消えてしまったかのように、
いつまでもウェンブレーのスタンドに腰を降ろしたまま。
終了のホィッスルの後、体中の力が抜け、一歩もその場を動けなかった。

数日後、兄貴からの電話。

「なあニック、負けるのは当然だったよ。」

「なんで?」

「お前がいないからさ。助手席にお前がいれば、途中で道に迷うこともなかった。」

「・・・。」

「来年は帰って来いよ!地図を見ながら運転するのは大変なんだから・・・。」

遠く離れて、初めて感じた兄貴のやさしさ。
「ごめんよ。」ニックは嬉しかった。
そして今年、バーンズリーFCは、残念ながら昇格を逃す。
一時期は2ndDivへの降格のピンチもあったが、スペックマン監督を迎え何とか残留。
01−02シーズンも、1stDivで戦うことになった。
それぞれのドラマを作りながら、勝ったり負けたりして。
それでも飽きもせず、声を枯らして応援する男達。

兄貴の運転するバスは、今もイギリス中を駆け回っている。