第16話

「ハートに火をつけて」


生まれきっての一匹狼、ニックは群れを嫌う。
ビールを飲む時と、フットボールを蹴る時以外は、一人の時間を楽しむのだ。
高校の英語教師を務める彼。唯一の楽しみは、春・夏・冬と訪れる学校のお休み。
早起きして、満員電車に揺られる毎日。
それでも何とか我慢できるのは、このロング・バケーションがあるから。
放浪癖のある彼にとっては、願ってもないボーナスだ。

男ニックの一人旅。

この春、彼が向かった先はインドネシアであった。
バリ島とロンボク島の間にある3つの小さな島。
その中の1つギリ・トラワンガン島が、今回のターゲット。
サンゴ礁に囲まれた島。透き通った青い空と海。
ビーチでビンタン・ビールを飲み、何もない時間を過ごす。
ヨークシャーにも、ましてや東京にもない極上の天国を味わうのだ。
島に滞在して1週間が過ぎた頃、宿のオーナーがニックを呼び出した。

「あんたに頼みがあるんだが・・・」

「何?」

「実は、3日後にサッカーの試合がこの島であるんだが・・・、
俺達のチームに入ってくれないか。あんた確かイギリス人だったよな?」

事のいきさつは、こうだった。
島にある、欧米人が集まるダイビング・ショップ。
そこのオーナーと、宿のオーナーが酒の席で賭けをしたことに始まる。
早い話しが、元々サッカーチームを率いていたダイビング・ショップ(ダイバーズFC)に、
宿のオーナーがケンカを売ったわけだ。
今さら引くに引けない状態で、急遽メンバーを集めていたところ、
ニックに白羽の矢が当たったというわけ。

「OK!」

暇を持て余していたニック。
報酬は、宿泊代2日分無料&ビンタン大瓶5本で契約成立。
島を二分する大一番。決してTVでは見ることのできない白熱のゲーム。
ニックの所属するチーム名は「バンガローズFC」に決まった。
ギリ・トラ杯チャンピオンズ・リーグ。決勝の当日。
会場は、島に唯一ある学校の校庭。もちろん芝なんてない。
砂ボコリの舞うグランドには、大きな石コロと潰れた空き缶が転がっていた。
その劣悪な環境は、まさにアウェー。たとえ助っ人であっても、負けるわけにはいかない。
困難な状況が、ますますニックのハートに火をつけた。フットボールの母国のプライドである。
揃いのブルーのウェアに身を包んだ、ダイバーズFCが登場!
ブルーと言えば、ウェンズデーにチェルシー。どちらもニックの大嫌いなチーム。
灼熱の太陽に照らされて、身も心も燃え上がっていた。
キック・オフの笛が鳴ると、いつの間にか大勢の観客がグランドを囲んでいる。
島中の、いや隣の島からも、船に乗ってやって来た観客で溢れかえっている。
ラグビーボールかと思うくらい、イレギュラーするグランド。
それに加え、観客や家畜(山羊や鶏)の乱入で、とても試合に集中できない。
しかし、それはダイバーズFCとて同じこと。
当初は不利と言われ、オッズの高かったバンガローズFC。
そのメンバーのほとんどがインドネシア人。
つまりは地元であった為、徐々に地の利を活かして優勢に立った。
後半、ニックの放ったシュートが、竹のゴールポストを叩く。
「ポーン!」と響く音が、青い空に溶けていった。

夢なんかじゃない、まさに「生きている」といった音だ。

0−0のドロー。勝負はPK戦へともつれ込む。最後のキッカーはニック、
これを決めればバンガローズFCの勝利。
みんなが見守る中、ニックの蹴ったボールは確実にネットを揺らした。
歓喜の輪の中、もみくちゃにされるニック。
そこへ、山羊や鶏や人ゴミを掻き分けて、宿のオーナーが駆け寄った。

「ありがとうニックさん。ところで、あんたの着てるその赤いユニフォームは、どこのチームだい?」

するとニックは、堂々とこう言い放った。

「B・A・R・N・S・L・E・Y!バーンズリーFC!」

「・・・。それって、どこ?」