第8話

「命の水」

イギリスのお隣アイルランド。
言わずと知れたギネスビール(黒ビール)の母国。
それは、生活の一部として欠かすことのできない一品だ。
アイルランドでは、病気で入院すると必ずギネスが朝・昼・晩と食事に付いてくる。
もちろんジョークではあるが、それほど必要不可欠な「命の水」であることは間違いない。
ロイ・キーンしかり、デニス・アーウィンしかり、多くのアイリッシュ・プレイヤーは、
みんな「命の水」があるからピッチで戦えるのである。
そんなアイルランドの代表チームを現在率いているのは、「ミック・マッカーシー」監督。
その自慢の馬ヅラで、緑色の猛者達にゲキを飛ばす男。
彼がその昔、我がバーンズリーに住んでいたいた事を知る人は少ない。
しかも、アランの家の3軒隣に。
小学生のアラン、学校の帰りはいつも友達とフットボールをして遊んでいた。
もちろんバーンズリーFCの熱烈なサポーター。
少しでも上手くなりたい、少しでも多くゴールを決めたい。
純粋な少年の心は、世界中どこでも同じ。
そんな思いで通いはじめたのが、ご近所「マッカーシー」さんのお家だった。
人気プレイヤーである「ミックのフットボール教室」、もちろん無料だ。
炭坑の町のヒーローは、みんなの希望の星であった。
ママの手作りプディングを持って、暇さえあればマッカーシー家に足を運んだアラン。
数々の武勇伝に耳を傾け、目を輝かせ、少年の心はすっかりミックの虜となる。
「ヘディングの時は、片手で相手を押さえつける。それでも食らいついてくる時は、
もう一方の手でヒジ打ちを入れるんだ。いいか?こうやって、こうだ」
そのアクション交じりのド迫力指導に、少年はますますのめり込んでいった。
男が男に憧れる、「なんてカッコイイんだー!」という衝撃は、
アランの中で揺るぎない自信となっていった。

しかし・・・・

「絶対にプロの選手になるんだ!」そう思っても、現実は厳しい。
それでなくても当時不況の真っ只中、イギリスの現実は少年の夢をあっさりと打ち砕いてしまった。
中学を卒業して、就職を考えていたのに仕事がない。
じっとチャンスを待っていても何にも変わらない。
アランは片手で押さえつけられたまま、現実にヒジ打ちを食らってしまったのだ。

このまま負け試合を続けていたら、いつまでも笑われ者だ。

当時イギリスの若者達を襲った衝撃が、アランにも革ジャンを着させるようになった。

セックスピストルズのデヴュー。

ロンドンから発信したムーブメントは、小さな北の町にも衝撃を与えた。
アランはそのコピーバンドのボーカルとして、スタンドマイクにかぶりつく。
地元のパブで「NO,FUTURE!」と叫んでから20年余り、アランは今でも「命の水」を飲んでいる。
そして、2002年。アイルランドが、W・カップで日本へやって来るのを楽しみにしている。
少年アランは、ヒーロー「ミック・マッカーシー」に会えるその日を待っているのだ。