第34話

〜最終話〜「See Ya Later!」

それは03年プレミアリーグ開幕を間近に控えた、8月初旬の事だった。
一本の電話。
「話があるんだけど・・・」
あらたまった様子の口調、その相手はニックからだった。
とにかく、週末TA−BARに来いとの誘いであった。
電話では話しづらそうな、タダならぬ予感・・・。
(貸せる金は持ってないけどなあ・・・)一人思い巡らせる俺。
何はともあれ、週末まで待つことにした。

そして土曜日。
フットボールのない週末の TA−BARは、どこか覇気がない。
シーズンオフのイングランドでは鬱病患者が増えると聞いた事がある。
どんよりとした雰囲気。英国の天気のごとく、重い曇り空。
スピーカーから流れるウィルコ・ジョンソンの声も、どこか寂しげだ。
いつものドアを開けると、既にニックはパイントをすすっていた。
軽くあいさつを交わすなり、早速話を始めたニック。

「実は香港に行くんだ」

「旅行か?」俺は聞き返した。

「いや、ずっと・・・いや、しばらく・・・まだわからない・・・」
高校の英語教師を辞め、新しい会社に就職が決まったらしい。
その仕事で香港勤務になるというのだ。
ジェットコースターのごとき急展開に、ニックも多少戸惑っている様子だ。

(いつまでも永遠に続くものなんてないんだ)
ニック&アランは、いつも一緒だと思ってた。
当たり前のようにそこにあった存在が、ある日突然消えてなくなる・・・。
そんな現実を突きつけられ、力なくタバコの煙を目で追った。

しばしの沈黙・・・

しかし、ニックに安定という文字は似合わない。
そんな想いを込めて
「よかったじゃないか!」と俺は沈黙を破った。

「ありがとう」ニックも答える。
少しだけ楽になった俺達。曇り空も晴れてきた。

「で、アランは?」と俺。

「アイツは、まだ日本で今の会社。まだまだ東京で働くよ」

その後は、思い出話しで一盛り上がり。
やっぱり、湿っぽいムードは柄じゃない。
パイントも次々と空になった。本当にニックがいなくなるなんて、誰もが嘘だと思い始めた頃。
突然ヤツが切り出した。

「で、頼みがあるんだけど・・・」とニック。
(どうやら話の本題は、別にあったらしい)

「なに?」
(この際、何だって聞いてやるぞニック)
そんな思いで、待ち望んだヤツのセリフは・・・。

「オレの家にあるフィギュアさ〜、預かってくんない?」と、
実に爽やかに語りかけてきやがった。

(ガクンと、軽く肩の力が抜ける音がした)
少しばかり感傷的になっていたのかと思いきや、ヤツの狙いはそこにあったのだ。

「友達だろ?頼むよ、ダンボール箱2個ぐらいだからさ」
たたみかけるように、俺に懇願する。
この一連の流れで、断れる日本人はいないはず。
完全にヤツのペースだ。

それから一週間後、ニックを乗せた飛行機は香港へと旅だって行った。
ある時はヨークシャーの炭坑夫、そしてある時は英語教師。
ニックの旅は終わらない。例えアランと離ればなれになろうと、ニックはニック、アランはアラン。
バーンズリーの赤い血が流れている限り、彼はどこにいても変わらないはずだ。
空港まで見送りに行くと言う俺達に、最後まで出発時間を教えず。

「See Ya Later!」
外苑東通りで、ニックの言った最後のセリフ。

そういうわけで、俺の部屋には結局3個になったダンボール箱が置いてある。
これがある限り、ニックはまたきっと帰ってくるはずだ。
ヨークシャー訛りの別れの言葉。
(ああ、あのアクセント。無性に聞きたく瞬間がある。)

東京で、バーンズリーで、香港で、いや世界中のあらゆる場所で。
俺達がずっと待ち望んでいるもの。
うまいビールを飲んで、ロックを聞いて、バーンズリーFCの勝利を願い、
決してシェフィールド・ウェンズデーにだけは負けたくない事だ。

あの日以来、未だニックからの連絡はない。
でも俺は心配なんかしていない。きっとニックのことだから、香港でもガンガン生きているだろう。
中国に返還された香港が、ヨークシャーに変わるのも時間の問題だ。

またいつの日か・・・

See Ya Later!



作者よりご挨拶