第12話
「BA・TIS・TUTA!」
その日、画面の中には、ブルーのシャツに身を包んだ選手達が映っていた。
「日本対アルゼンチン」戦。
緊張していたのは選手だけではない、それを見ているTA−BARの常連達も同じだった。
店内に特設されたスクリーンの前、緊張と興奮の入り交じった空気が漂う。
ビール片手にカウンターに座る男達、その中にニックとアランもいた。
本当の母国イングランドとは別の、第二の母国である日本を応援するため。
ワールドカップで優勝経験があるにもかかわらず、初出場の気分で観戦なのである。
シラフの時は日本人、酔えばイングランド人。まさにアルコール二重国籍の2人。
国家が流れ始めると、それまでザワついていた店内が一瞬静かになった。
しかし、彼ら2人にはその意味がサッパリわからない。
あえて例えるならば、それは「お経」のように聞こえるらしい。
とにもかくにもキックオフ!
すると突然、景気ヅケにアランが叫び出した。
「ニッポン・チャ・チャ・チャ!」オマケに手拍子付き。
みんなから、「ちょっと古いよアラン、しかもそれバレーボールだし・・・」と一斉にツッコまれる。
彼らが日本を応援する理由は、もう一つあった。それはアルゼンチンが嫌いなのである。
その昔マラドーナが、自分達の先輩を5人も屈辱的な目に合わせたからだ。
しかも、その映像がいまだ事ある毎にオンエアーされるから、たまったモノではない。
いい加減に、ここらあたりで決着をつけたいのである。
110%の全力で守り戦うブルーズ、獲物を狙うハゲタカのようなアルゼンチン。
そしてついにあの1点。タメ息と悲鳴の中、うなだれる日本人達。
そこで一言、「ヘイ!エブリバディ・ヘッズアップ!」とニックが叫ぶ。
しめっぽい雰囲気を一掃する、イングランド人の一声。それはまるでコーチのようであった。
そう、まだ前半、時間はある。あきらめるのは早い。弱気になった奴は、ピッチに立つ資格なんてない。
テクニックより大事なモノ、ニックの一言で目覚めた日本人。
そして店内に張り詰めていた空気は、肩の力と共にイイ感じで抜けていった。
ニック監督、そしてアラン副監督にハッパをかけられ、TA−BARも戦っていた。
本場イングランド人のコーチが、ハーフタイムで言ったセリフは、
「バーンズリーFCが、マンチェスター・ユナイテッドに勝ったことを思い出せ!」だった。
全然関係ないのに、そんなコトバでますます勇気づけられる日本人達。
あきらかに異常なムードではあったが、冷静な奴は誰もいない。
ニックとアランを見るみんなの目は、まるで神にでもすがるようになっていった。
そして、その神様に献上するアルコールの量は徐々に増し、誰もその豹変ぶりに気付いてはいなかった。
失敗だ。神が悪魔に変わる。ニック監督にベンチで酒を飲ませると、ただの酔っ払いになる法則。
そして誰もがその耳を疑った。「バ・ティス・テュータ!」。確かにそう聞こえた。
突然の叫びが、ニックの口から飛び出したのだ。
更に追い打ちをかけるように、「バ・ティス・テュータ!バ・ティス・テュータ!」と笑顔で連呼する。
次の瞬間誰もが思った、(コイツを信じた俺達がバカだった・・・)と。
ブチ壊しのムードの中、敗北のタイムアップ!その後の決勝トーメント。
まさかイングランドが、アルゼンチンと戦うことになるとは・・・・。
2002年、我ら日本とイングランドの敵は「バ・ティス・テュータ!」ただ1人だ。
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