第11話

「Welcome to Japan」

地元の学校で、電気課を選択したニック。卒業後の就職先は炭坑の労働者。
トンネルの中での通信連絡係であった。荒くれ者に揉まれながら、鍛えられ、
大人になっていったのもわずか1年余り。閉山に追い込まれてしまった。

不況、時代に取り残された炭坑。

その当時、ヨークシャーやシェフィールド近郊では、何万という炭坑関係者が職を失った。
その中の1人にニックもいたわけである。
かのポール・ウェラーが中心となって、炭坑労働者救済のアルバムを発売した。
曲に交じり、北訛りの労働者達の肉声が収められたこのアルバム。
ニックの親戚のおじさんの声も、この作品には刻み込まれてある。
しかし抵抗むなしく、政府や会社の方針は変わらなかった。
当時週末のオークウェルは、そんな行き場の無い男達の、せめてもの心のオアシスだったわけである。

きっと勝つ!今はダメでも次こそはきっと!

うまくいかない現実のゴールネットに、弾丸シュートを叩き込む。
バーンズリーFCへの思いは、110%のメーターを振り切っていった。
その後、アラン同様にバンド生活に打ち込んだニック。
しかし、彼ら2人は決して同じバンドとして、ステージに立つことはなかった。
その理由は、当時の彼らの音楽の趣味の違いが原因である。
片や、「ピストルズ」や「バズコックス」を敬愛するパンクのアラン。
それに対し「モーターヘッド」や「AC/DC」のワッペンを貼り、ダブルの皮ジャンに身を包んだニック。
何を隠そう、彼はチャキチャキのヘビメタ野郎であったのだ。
職の無い境遇は同じでも、音楽的に交じり合うことは難しかった。
お互い10代の多感な時期、ショートヘアーとロングヘアーの違いは、
とてもじゃないが許容範囲を越えていた。
だからと言って、仲が悪かったわけではない。
幼なじみだからこそ、大切なモノだけはいつも見失ってはいなかった。
ただ少しだけ、ニックの方が、アングロ・サクソンの血が濃かっただけの話だ。

数年後、アランはバーンズリーを飛び出した。
向かった先はオーストラリア。目的は安定した仕事を見付ける為。

「このままここに居ても・・・」とニックに別れを告げたのだ。

まさに後ろ髪を引かれる思いで故郷を後にしたのである(今では彼もツルツルのスキンヘッドであるが)。
心の中にポッカリと穴の空いたニック。
「今はまだ、バーンズリーを去ることはできない・・・」彼は断腸の思いで、アランを見送った。
新天地オーストラリアでのアランは、仕事も見つけ順調な生活を送っていた。
時より届くポストカードだけが、2人の大切な連絡手段。

「親愛なるニック。お元気ですか?突然ですが、今度日本へ行くことになりました。
オーストラリアで知り合った、日本人の友達はみんな親切です。
だから、きっと日本という国は良い所だと思います。・・・・・/アラン」。

極めて楽天的な、彼らしい文面。2人が別れて約5年後、こんなカードがニックの元へ届いた。
人生のターニングポイント、といっても大袈裟なものではない。
きっかけはいつもシンプルである。アランに会いにいこう!ただそれだけだ。
その日、成田空港の到着ゲート。アランは1人の男を待っていた。
マンチェスター発の飛行機から、あふれかえる程の人込み。
その中から現れたのは、長髪にベルボトムを履いた1人のイギリス人。
エンバシーのカートンを片手に。時代遅れのミュージシャンなんかじゃない、紛れもなくあのニックだ。
口下手な北の男の再会は、これまた不器用であった。
握手を交わしながらアランが言った、

「ようこそ日本へ」