第1話
「そして誰もいなくなった・・・」
とある週末の夜。
六本木の灯りを背に、外苑東通りを北へ向かって歩く2人の男。
タクシーのクラクション、車道まであふれかえる人ごみ。
喧騒うごめく街を、足早に駆け抜けていく。
片方は骨太で短髪ブロンド、青い目の奥はいつも怒っている。
まるで腹を空かせてさまようトラのようだ。
そしてもう片方は太っちょでスキンヘッド、トラよりややデカい。
笑顔の奥に鋭い爪を隠す凶暴パンダといったところだ。
どちらもイングランド人である。
トラは全身にイラ立ちをみなぎらせ、両手をポケットに入れたまま
こう吐き捨てた。
「サイテーだ」
「なにが?オレのことか?」
名残おしそうにスブラキ屋台を眺めながら、パンダは聞き返す。
乃木坂を過ぎたあたりで、ようやくトラが口を割る。
「どいつもこいつもアメリカかぶれしやがって。ビール注文してもバドワイザー。
あんな水みてぇなもん飲めるかっ!」
「ようニック。それってオレのせいか?」
パンダが言い返す。
彼の名前はアラン。心優しきデブーリガン。
「聞けよアラン、もう少し行ったとこにヘンな店があるはずなんだよ」
他人の話を聞いてないのはトラの方だ。
彼の名前はニック。血統書つきのフーリガン。
うらびれた通りを無言で歩き続ける2人。
しばらくすると薄い灯りが見えてきた。
パイントグラスの描かれた小さな木彫りの看板には、
「ta-BAR」という文字が。
ニックとアランが運命の出会いを果たした瞬間である。
後に2人はこう語っている。
「初めて店に入ったときから、とても懐かしかった」と
ta-BARは青山の裏通りにある、英国スタイルのパブである。
六本木に遊び疲れた人間たちが、ようやくたどり着く場所。
国籍性別問わず、たくさんのギネスビター好きで溢れかえる。
類は友を呼び、不思議と嗅覚にすぐれた人間だけが集う場所なのだ。
注意していないと、通り過ぎてしまいそうな細いドア。
ギシギシと軋む狭い階段。
古びた一軒家の2階を改造した店内は、
カウンター8席とソファーが1つ。
スピーカーから流れる曲はチーフタンズ。
レコード盤が擦り切れ、悲鳴を上げている。
くすんだ緑色の天井と壁。
タバコの煙と薄暗い灯りに目が慣れてくると、
壁面に所狭しと貼られた雑誌のスクラップが浮かびあがった。
ヴァンモリソン、ウィルコジョンソン、ジョーストラマー、ポールウェラー、
カントナ、ロイキーン、スチュアートピアース、ガスコインetc・・・と、
どれも癖のあるロックアーティストやフットボール選手の写真ばかり。
なかでも一際目立つパネルには、
「We are UP!」と書かれた新聞記事が。
いったいここはどこなんだ?
異次元空間にでも迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまう。
飴色に光った、重量感のあるぶ厚いカウンターの奥には、
この店のバーマン2人が立っていた。
ODAとMcゴシ、2人とも日本人だ。
よく洗いこんだボディントンズのポロシャツに身を包み、
眼光鋭く店内を見渡すODA。
不精ヒゲに坊主頭。
その顔は、野球選手の清原に似ている。
オイルの切れたBarbourをこよなく愛すMcゴシ。
彼も坊主頭だが、年中ニットキャップをかぶっている。
口癖は「やっぱスコールズだな」である。
いつも笑顔で毒を吐き、一見するとガサツな2人。
しかしその風貌とは裏腹に、ワビサビ分別わきまえた寡黙なバーマンなのだ。
まるで腹をすかした赤ん坊にミルクを飲ませるように、
絶妙なタイミングでビールを勧める。
無言で注がれたパイントグラスを見つめ、
何人の猛者どもが心で泣いたことか。
自分たちが居心地の良い場所を、
自分たちで作ってしまった。
そんな表現がピッタリだ。
ニックとアランがこの店の常連になるのも、もはや時間の問題だった。
ある日、いつものように店に登場したニックとアラン。
奥のソファー席に見慣れない顔の日本人女性を見つける。
軽く一杯飲み干すと、早速2人は行動を開始した。
「ハジメマシテ、ボク ニックデス」
(カウンターに肩肘をつき、斜め45度のブルーアイで視線を送る)
一見するとフーリガンのような男から、
突然日本語で声をかけられた女性たち。
その見た目とのギャップに心踊り、
「(まあ、なんて日本語の上手な紳士なんでしょう)」と好印象。
「ボクハ、アランデス。アナタノ ナマエハナンデスカ?」
自慢のポッチャリ腹を武器に、ニコニコとすかさず割って入るアラン。
台本でもあんのか?と問いただしたくなるくらい息ぴったりの2人。
そんなこんなでギネスも品切れになる頃、
エビス片手に怒涛の攻撃がはじまる。
「イイジャナイ、キスサセテヨ」
「ワカッタカラ、ソレジャ コノアト ドウシヨウカ?」
シュートを打つのは大事だが、ただやみくもに打ってもゴールは奪えない。
あまりにもしつこいニックとアランの態度に、女性たちもようやく気付いた。
「(こいつら、ただのエロ外人じゃん)」と。
よりディフェンスを固める彼女たち、
「携帯の電波が悪いからチョット外に出てくるネ」
と言い残し、1人また1人と店を出ていった。
もちろん彼女たちは2度と戻ってくるわけもなく、
そして誰もいなくなった・・・。
いつもの事とはいえ、店内にはむさ苦しい男だけ。
カウンターの端では、また誰かが酔いつぶれてる。
スピーカーから流れるアーロンネヴィルの甘い声も、こころなしか哀れんでようだ。
そんな敗戦ムードでいっぱいの店内を、突然ODAがたたき壊す。
フルボリュームでDr.Feelgoodが流れ出した。
もう暴れるしかない。
こんな時、いつも決まってニックの餌食になるのはアメリカ人のジミー。
カリフォルニアの太陽をいっぱいにあびたキラキラと輝くブロンド。
アメリカの青春ドラマに出てきそうな端整なマスク。
甘ったるいアメリカンパイのような、ジミーから放たれる自由なオーラ。
そんな彼を見ていると、ニックの中で突然「カチッ」とスィッチが入る。
陽気でフレンドリーなアメリカン・カルチャーをたった1人で今夜も撲滅にかかるのだ。
「おまえの国のスポーツは、なんでもかんでもワールドとつけたがるが、
ヨーロッパじゃ野球もアメフトもちっとも人気なんてないんだ。
いいか、おまえの国の中でやってるスポーツチャンピオンなんだから、
ワールドチャンピオンなんて名乗るんじゃねーよ。わかったか!」
女性に逃げられた腹いせに、怒り狂ったガスコインのような顔をしてニックが吠えた。
まわりのギャラリーも、それもそうだと納得顔でニックの話を聞いている。
何も言い返せないジミーは「俺のせいじゃないのになあ」と涙目。
(まったく理不尽な話だ)
ガハハハハーッと勝ち誇ったニックのリクエストはThe JAM。
遠く離れたバーンズリーFCの明日の試合の勝利を祈り、
大声で歌い暴れるニックとアランでありました。
おやすみなさい、
そしていつの日かプレミア昇格を夢見て。
がんばれバーンズリーFC!
がんばれニックとアラン!
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